五代目柳家つばめ著『落語の世界』

落語の世界 (河出文庫)

落語の世界 (河出文庫)





実はずっと読みたいと思っていた一冊。
やっとこさ購入したので、早速読んでみた。

私は恥ずかしながら五代目柳家つばめ師匠を知らない。
私が生まれる前に亡くなっているし、父親との会話で話題に上らない人物だった。
それでも、この本だけは何故かずっと気になっていたのは、何かあるのだろうか。

さて、この本は題名通り落語の世界を著者の目線で書かれている。
落語の世界と云っても、今日のものではなくもっと昔の落語界であるから、当然今のように落語会よりも寄席中心の話題が多い。
また、前座の仕事から二つ目の現実、落語評論家についても話題にあがっている。

著者は大変理知的な文章を書いている。
略歴を見ると、落語界初の大卒落語家だと云うから然もありなん。
評論家への言及では、“あらゆる場で、あらゆる芸を見て欲しい”と云う言葉が一番印象的だ。
古典落語が主流の当時、新作落語をしていたと云う著者にとって新作落語を蔑視していた風潮に対する憤りをこの一言で物語っているように感じる。
評論家と称するなら、あらゆる落語を聴くべきだ、そして、論じるべきである。
今は少しずつ評論家もあらゆる場へ足を運んでいるように感じる。
著者も、あの世で喜んでいることだろう。

次に私が印象的であったのは、噺の稽古だ。
今のように気軽にテープに録ることもなく、ひたすら教えていただける師匠方の家に赴き教えを請う。
師匠への礼を尽くす。
何よりすごかったのは、著者の師匠・先代柳家小さんが著者に参考にするから一席噺を聴かせてくれというエピソード。
いつも座る上座に座らず下座に座る師匠に戸惑う著者を、師匠・小さんは「いや、稽古なんだからこれでいいんだ」と云った。
著者はこのエピソードで稽古の精神をがっつり叩きこまれたそうだ。


この本は、落語の世界に限らず、古き良き時代の素晴らしい精神が随所に書かれている。
それを読み、現代に活かすことが出来たら良いなあと……漠然と思うのだ。