掌編 『僕が考ゑたこと』

僕が考ゑたこと。




一瞬のうちに暗転へと動く。
それが、愛である。
どんなに相手を乞うても。
それは、同じこと。


「私、もう貴方とはやつていけないワ」

彼女はそう云って、僕を見た。その視線は、僕を責めた目では決してなく、かと云って哀しい目もしていない。言葉で表現するならば、表情のない、目であった。



「やつていけないとは、如何云ふことだい?」


僕は彼女に問うた。


秋は日が落ちるのが早い。
昼間だと思っていたら、あっと云う間に暗くなる。もう、地平線の近くでしか、陽光がない時刻だ。冷たい風が僕と彼女の間を吹き抜ける。


「言葉の通りよ。
 まう、私と貴方は一緒にいちゃァいけないの」

彼女は昔から言葉で表現することが苦手だった。今の言葉も、僕には何もわかりやしない。


「わからないよ、そんな言葉じゃ」
「わからなければ、良いワ。だつて、私と貴方はまう二度と会わないのだもの」


彼女は一方的に宣言した。
彼女に全てを決められるのは、僕は真っ平御免だ。


「如何して君が全てを決めるんだい?
 僕にその権利が、ないと云ふのかい?」


僕は彼女に一歩近づいて云った。しかし、彼女は僕から一歩下がった。


「こう云うものはネ、 誰かが一方的に決めないと終わらないものなのよ」


だつて、関係ってなかなか終われないものでしょう?

彼女は決然と云った。
しかしその頬には一筋の水滴が流れている。


雨だ。
僕がそれに気付いた途端。
上空の見えない雲から、沢山の雨が降り出した。

「雨が降つてきたワ。とても、丁度良い」

彼女は雨に打たれ乍ら云った。
そして、一瞬目を閉じ。ゆっくり開いた。


「帰りましょう。それぞれの家に」

彼女はゆっくり、僕からからだを背けた。

「由実」


僕は彼女の名を呼んだ。彼女は一瞬立ち止まり、僕に背を向けたまま少しだけ首を横に向けた。
僕は続けて云った。


「愛してるよ。さようなら」


果たして僕の声は聞こえたか。
雨の中に隠れてしまわなかったか。
彼女は何も云わずに去って行ったから。

それすらわからない。



僕は考えた。
いったいいくら時間を費やせば。
彼女を忘れることが出来るだろうかと――――