創作

掌編『特攻とリボン』

恋をすると現世に未練が残る。特攻の訓練で初めて上官に云われた言葉がこれだった。 なんだ今更、そんなものいないやい、俺たちは日本国のために死ぬんだ、恋にうつつをぬかす暇などあろうはずがない……などと憤然たる気持ちで上官の言葉を聞いたものである。…

詩 『電車』

電車 電車にゆられて頭はそぞろ 脊髄が痛むような感覚に吐きそうになるほど気持ち悪い車掌の濁声アナウンス 女子高生の笑い声 完全なる不協和音吊り革が同じように揺れ 私たちもまた同じように揺れる あ、吊り広告も静かな疲れきった人々に 私もため息少年た…

詩  『“私”』

“私” “私”に言葉をかけるのは難しい 慰めることは容易い でも なじる方がもっと容易い お前はだから駄目なんだと 他人と一緒になってなじったら “私”が“私”を嫌になるは当たり前 そう 本当は 寄り添ってあげるのが一番良い “私”の事情を真摯に聴いて “私”の…

散文 『恋模様』

好きになるには近過ぎて お互い照れくさくて 私は恋の仕方がわからない可愛くない 素直じゃないから 自分がもっと可愛ければ 自分がもっと色気があれば 自分がもっと素敵なら ないものねだりをし過ぎて辛い 欲しいと思っても仕方ないのはわかってる あの人が…

詩 『黒髪』

黒髪 君の背中を覆い隠す 黒髪風が通れば その黒髪は ふわりと宙を舞い さらりと肩を越え乳房を覆う君の絹肌に 君の黒髪 白と黒 永遠の美僕を惑わせる 君の美有り体に云えば僕はその黒髪に触れたいけれど 君の美を壊しそうで 触れられない嗚呼 溜め息をひと…

掌編 「此限」

彼に会うのは、もうこれきりにしよう。 私はそんなことを、もう三度思った。 一度目は、彼が私から10万円借りて、返さなかったとき。彼は趣味であるカメラのレンズを購入するために借りていった。基本的にお金の貸し借りが嫌いな私は、本当は貸したくはなか…

掌編「不思議な詩と曲」

いつか貴方のために詩を書くわ、と言って随分経つ。会話は中途半端で終わってしまっているので、彼からは「待ってる」などという言葉をもらっていない。すべては私の勝手であり、彼はおそらく私がそんなことを言ったことすら忘れているだろう。 彼はインディ…

掌編 『僕が考ゑたこと』

僕が考ゑたこと。 一瞬のうちに暗転へと動く。 それが、愛である。 どんなに相手を乞うても。 それは、同じこと。 「私、もう貴方とはやつていけないワ」彼女はそう云って、僕を見た。その視線は、僕を責めた目では決してなく、かと云って哀しい目もしていな…

五行歌(2)

付き合い始めの 恥じらいを 老齢の夫婦となった今でも 時々顔をのぞかせる 恋は永遠 いつもは読み取れぬ あなたの瞳をみる わずか あなたの油断 逃さず捕まえたい 好きなんだもの 私の生きている理由 存在意義 無くさないで あなたの言葉で 言葉の先の 真実…

推量

貴方を愛する量を 量つても それが果たして本当であらうか 心の水量は 溢れむばかり 胸の高鳴りは オーケストラの大音声 脳は 貴方のことで 九割そんなものは 私の推量であつて でも 他の人とも 違うわけで果たして 誰かがわかつてくれるか天を見上げても 推…

片思い

長雨、雲で暗い 手元に灯りひとつ 筆を走らせる 君への手紙君の便りはないまま 僕は書き続ける君の消息 僕の気持ち結局君が欲しいエゴイズム

ため息

思い切りが悪い 思いが切れないめまぐるしく動く脳 少しは休ませたいのに何がそうさせたの?心から言葉を交わせる人がいなくなった いいえ私が云わないだけ云いたい 素直になりたい思いを心に仕舞い込むのは たくさん嗚呼 ため息ひとつふたつ、みっつ。

 五行歌(1)

其の前では 想いの熱さ故か 腕を取られた 油断した 紐がはらりと落ちた リン、と鈴 風がそよぐ くるくると回る短冊 私の想いも 同じこと 一度として 成功しない 言葉が 無力で儚い ……悔しい