掌編「不思議な詩と曲」
いつか貴方のために詩を書くわ、と言って随分経つ。会話は中途半端で終わってしまっているので、彼からは「待ってる」などという言葉をもらっていない。すべては私の勝手であり、彼はおそらく私がそんなことを言ったことすら忘れているだろう。
彼はインディーズのバンドを率いていて、作曲もしている歌い手だ。私は会社員だが、趣味で詩を書いている。彼は曲は書くのだが、詩は書かないと言う。普通歌い手ならば曲は書かずに詩を書くと思うのだが、彼は「言葉にするのは苦手」なのだそうだ。
それで、私が書くよ、などと言ったのだ。経緯はわかっている。しかし、そう言ってから私は何も書いていない。いざ、彼のために言葉を書こうと思っても、言葉が出てこないのだ。
何故だろう。甘い恋の歌でも彼に歌ってもらいたいのだろうか?いや、私の想いをわずかでも乗せた愛の言葉を彼に歌ってもらうなんて気持ち悪くて出来やしない。では世界平和の詩でも書こうか?バンドのスタイルで、それはない。ではでは世の中を嘆く詩にしよう。そう筆をとってみても、私という人間はそれほど世の中に対して否定的ではないから書けなかった。
そんなこんなで、いまだに私は彼に詩を書いていない。
彼は今日もライブハウスで『現実論に相当する創造』なんて不思議な歌を歌っている。この曲はライブでは鉄板の曲なのだそうだ。誰がそんな題名からしてわけのわからない曲を聴くと言うのだろう。世の中は不思議だ。歌う彼も不思議だ。
ああ、そうだ。不思議な詩を書けばいいのか。不思議な詩が何故だか人気ならば、それを書けばいいのかもしれない。
私はそう思い、筆をとった。
題名は『乱反射するビルヂング』。都会のビルが太陽・月・ネオンライトを浴びて光を放つ詩。
出来上がって、さっそく彼に手渡した。彼は、「良い曲が書けそうだ」と言って受け取ってくれた。
しかし・・・
一年経った今でも私が書いた詩は曲に乗せられていない。私も詩を書くまでに二年近くかけている。
彼もそれくらいかけるのだろうか?いや、前と同じように私が詩を渡したことも忘れるのだろうか。