掌編 「此限」

彼に会うのは、もうこれきりにしよう。
私はそんなことを、もう三度思った。



一度目は、彼が私から10万円借りて、返さなかったとき。彼は趣味であるカメラのレンズを購入するために借りていった。基本的にお金の貸し借りが嫌いな私は、本当は貸したくはなかったが、泣きつかれたので仕様がなく、相手が彼だからと言い聞かせて、貸した。しかし彼はいつまでもお金を返さなかった。失望したけれど、結局彼への情が勝ってしまい、関係は続いていた。

二度目は、彼が浮気をしたとき。相手はキャバクラの女だった。これは彼が相手に騙されたのだと思う。そのテの女は男のあしらいも、自分を良く魅せるのも上手いものだ。世の男性は騙されるために行っているようなものだとも知っている。しかしそういう女に騙されるような頭の悪さに閉口した。私は賢い男が好みだし、彼はそうだと思っていたのだった。だが、彼は必死に怒る私に対して謝っていたので、関係は続いていた。

そして、三度目は今。彼と私は彼の家の近所の汚い居酒屋で呑んでいるとき。彼は酔っていた。同じく酔いが回っていた隣席の巨漢と何かの拍子に口論になり、先に巨漢に手を出してしまった。彼は非力であるにも関わらず、手を出してしまった。嗚呼、恐ろしい。そして彼は今、たった今。通報されて飛んできた警察に連行されてしまった。

私は、警察の厄介になる人を軽蔑していた。


この、決定的な出来事はおそらく私に最後の決断を下したものとなるだろう。

彼に会うのは、もうこれきりにしよう。


彼が拘置所で私に会いたいと言おうが、私はもう会いにいかないだろう。
「せっかく君がいるのに暴れてすまない」と謝られても、もう彼の顔を見ないだろう。


私は居酒屋での清算を終え、パトカーに乗って去ってゆく彼に目もくれずに帰途についた。