二月後半のこと。そして今日のこと。

気付けば弥生。





ツイートまとめでお茶を濁しまくっている感のあるこのブログ。
二月の後半は忙しいを通り越して「死ぬかも」と何度となく思った期間でした。
出張では少食なのにフードファイトな感じで食べさせられていたし、スーツ姿で寒いところを歩かされたし。
そして変な虫にさされて右足首は肥大するし、風邪は引くし。
数年ぶりに頑固な風邪を引いたために二日間も寝込んでいました。
そして、わたわたと弥生になってしまった次第。


そして、今日。
太宰府天満宮では『曲水の宴』がありました。


『曲水の宴』とは、「きょくすいのえん」又は「ごくすいのえん」とも云われ、古代中国・秦の時代、三月上巳に曲がった河のほとり盃を流して禊祓の儀式として行われたのが始まりだそうで、その後晋の時代に河に盃を流して歌も歌うと云う現在のかたちとなったと伝えられています。
日本では日本書紀には既に行われていたと記述があり、宮中でも盛んに行われていたとか。
太宰府天満宮では平安時代の天徳2年(958年)3月3日に小野東風の兄である大宰大弐小野好古が始めたそうです。
一時は途絶えていましたが、このことにちなんで菅原道真公の御神霊を偲ぶ、また平安の文化を再現するとして昭和38年から復活、今年も開宴されたわけであります。


午前中は小雨だったり雨が止んだりしていたので、通常通り曲水の庭で決行することになりました。
「おいおい、本当に外なのか?」とみんなが心配した通り、参道での参進のときには小雨がしっかり降り、傘をさす人の中をたくさんの人が参進風景に写真を撮っていました。(本気のアマチュアカメラマンが怖かった怖かった)
衛士・神官を先頭に巫女、姫、女房、白拍子、僧侶、諸官、稚児が参進する様は平安絵巻の様。
本殿参拝して曲水の庭でいよいよ開宴。
巫女の神楽舞(飛梅の舞)のときはまだ小雨だったのですが、それからがたいへん。
雨がやまない。
むしろ雨脚が強まってしまい、傘をささずにはいられなくなった。
そんなわけで曲水の宴自体もわりと早々と切り上げられてしまったという。
嗚呼、残念!!
晴れてたら良かったのに!ていうか昨日やっとけば良かったのに!

間近で見る姫様たちはきれいだし、白拍子さんは格好いいし、お稚児ちゃんたちは可愛いし。
それだけに雨だったのが残念だった。


飛梅の 香をなつかしみ たちよりて
むかししのべば 花のさゆらぐ




やっぱり日本文化をまだまだ学びたいなと思った今日。