日本で生きていきたいから。

今日一日、あの日のことを、それ以後の自分を考えてみた。




でも、結局思うことは“自分は無力である”と云うこと。
チャリティーバザーに参加した、復興の祈りに参加した。
一日にふたつ、活動をさせてもらったけど、それが全て絵空事のように感じる。
心がこもっていない、と云うわけではない。


ただ、自分がやっぱり被災者ではない事実が、何かしこりを残している気がしてならないのだ。


あの日、日本中が騒乱のようだった。
遠く九州にいる私は、すぐに出来ることがなく、ツイッターで情報を流したり、募金をしたりすることがやっとだった。
地震の余波がくることがない、そのことへの罪悪感がこの一年続いていた気がする。


えらそうに言葉を並べても、結局お前はわかってるのか?と問いたくなるのだ。
それが自分でも、他人でも。
心がこもっていない言葉は、すぐにわかる。
きれいな言葉を並べてるだけで、自己満足に浸っているように見えて……正直気持ち悪い。


これが、一年間経って、そして今日の“追悼”状況に対する私なりの思い。
自分でもかなり斜めな見方だとは思う。が、本当にそう思っているのだからそれを隠しても仕方ない。

どちらかと云うと、言葉を並べるよりは行動をした方が良い。
現実問題、瓦礫の処理、復興のための資金、解決しなければならないことが多い。
被災者ではない私が出来ることは、それらの現実問題を解決出来るような行動を起こすしかない。
私は強くそう思う。

私は、追悼式典で天皇陛下が述べられた言葉が本当のことだと思う。


『被災地の今後の復興の道のりには、多くの困難があることと予想されます。
国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、たゆみなく努力を続けていくよう、期待しています。』

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20120311-00000983-fnn-soci


言葉なんか要らない。
本当に被災者に心を寄せたいと思うのならば、行動に示せ。


自分自身に、強く云い聞かせて……生きていく。
私は、日本で生きていきたいから。